皆さんが今、手にしているスマートフォン。その心臓部にある驚異的な性能を実現するために、地球上でたった一社しか作れない「世界で最も重要な機械」が存在することをご存知でしょうか。
それはオランダのASMLという企業が製造する、EUV(極端紫外線)露光装置。
今回は、Veritasiumの素晴らしいドキュメンタリーをもとに、この「人類史上最も複雑な製品」と呼ばわれる機械の凄まじさと、それを可能にした理不尽なまでの情熱についてお話しします。
ムーアの法則を繋ぎ止める、唯一無二の救世主
半導体の性能を上げ続けるには、回路をいかに微細化するかが勝負です。 しかし、この微細化は物理的な限界に達しつつありました。
これまでの技術では、どうしても光の波長が太すぎて、これ以上細かい回路が描けなくなってしまったんです。 この厚い壁を打ち破り、今のAIやクラウド、5G社会を可能にしたのがASMLのEUV装置です。
驚くべきことに、最先端のチップを製造するためのこの機械を作れるのは、世界中でASMLただ一社。 彼らが立ち止まれば、人類のデジタル文明の進化も止まってしまう。そんなレベルの存在なのです。
常識を置き去りにする、信じがたい精度と力
この機械の動作を詳しく知ると、正直「頭がおかしい(褒め言葉)」としか思えなくなります。 特筆すべきは、その光源の作り方です。
- スズの液滴をレーザーで撃ち抜く 時速数百キロで飛ぶ超微小なスズの粒に、レーザーを2回連続で命中させます。 1発目でパンケーキ状に平らげ、2発目で一気にプラズマ化させる。
- 太陽の40倍の熱を毎秒5万回 この命中劇を、1秒間に5万回ミスなく繰り返します。 その瞬間の温度はなんと22万度。太陽の表面温度の約40倍という地獄のような熱から、ようやく必要な光を取り出しているんです。

さらに、その光を反射させる鏡(Zeiss製)の精度も究極です。 「もし鏡を地球レベルまで拡大しても、凸凹はトランプ1枚の厚さもない」という平滑さ。 原子レベルの精度で光を操ることで、ようやく私たちの手元にある最新チップが生まれています。
30年間の孤独な挑戦と「理不尽」な情熱
実は、この技術が理論的に提唱されたのは1980年代。 実用化までには30年以上もの年月がかかっています。
当初、多くの専門家は「そんなの実現できるわけがない」と笑っていました。 開発費は膨大を極め、一社では抱えきれず、顧客であるはずのIntelやSamsung、TSMCが直接ASMLに出資してプロジェクトを支えたほどです。
ドキュメンタリーの最後で、非常に印象的な言葉が出てきました。 合理的に考えれば、誰もが「不可能だ」と諦めるような課題。 それに挑み続けたのは、良い意味で「理不尽(unreasonable)」なエンジニアや科学者たちでした。
私たちが恩恵を受ける「誰かの不可能」
私たちは当たり前のように高性能なデバイスを使い、AIの恩恵を受けています。 でもその裏側には、数十年にわたって「理不尽」に情熱を注ぎ込み、物理の限界に挑み続けた人たちの歴史がある。
ASMLの巨大な機械。それは単なる工業製品ではなく、人類の知的好奇心と執念が結晶化した「現代のピラミッド」なのかもしれません。
次にスマートフォンを手に取るとき、その中にある「22万度の炎」と、それを現実にしたエンジニアたちの姿に、少しだけ想いを馳せてみたくなりますね。
