私たちは普段、当たり前のように「西暦2026年」や「紀元前◯◯年」という言葉を使っている。 しかし、ふと疑問に思ったことはないだろうか。
「この基準、一体誰が決めたんだ?」
「紀元前(Before Christ)の人々は、自分たちの年をどう数えていたのか?」
今回は、そんな時間の概念にまつわる歴史的な背景と、少しややこしい「ゼロ年」の話を掘り下げてみよう。
基準を決めたのは「ディオニュシウス・エクシグウス」
西暦(A.D. / Anno Domini)という概念が生まれたのは、イエス・キリストが生きていた時代そのものではない。 実は、キリストが生まれてから約500年も経ったあと、6世紀のローマの神学者ディオニュシウス・エクシグウスによって提案されたものだ。
彼は「イエス・キリストが生誕した翌年」を「西暦1年」と定めた。それ以前を「キリスト以前(B.C. / Before Christ)」としてカウントすることにしたのが始まりである。 (※現在の研究では、実際のキリストの誕生は紀元前4年頃だったとする説が有力だが、基準としてはこのまま使われている)
当時の人々はどう数えていた?
当然ながら、紀元前に生きていた人々が「今は紀元前300年だ」などとカウントダウンしているわけがない。 彼らはそれぞれの文明や王の即位年(例:◯◯王の治世5年)、あるいは古代ローマであれば「建国紀元(ローマ建国からの年数)」などを使って時間を記録していた。
西暦という「世界共通の定規」が普及したのは、歴史的に見れば比較的最近のことなのだ。
「西暦0年」は存在しない
ここが多くの人を混乱させるポイントだが、歴史学上における西暦には0年が存在しない。
- 紀元前1年の翌年は、西暦1年である。
これは、当時のヨーロッパに「ゼロ」という数字の概念が普及していなかったことに起因する。 そのため、紀元前1年から西暦1年までの期間は、計算上「2年」ではなく「1年」しか経過していないことになり、天文学などの計算では不都合が生じる。
天文学的記年法との違い
この不便さを解消するために、天文学の世界では「紀元前1年を0年とする」数え方(天文学的記年法)を用いることがある。
- 歴史:紀元前1年 → 西暦1年
- 天文:0年 → +1年(西暦1年)
普段の生活で気にする必要はないが、歴史映画やプログラムで年号を扱う際には、この「失われた0年」の存在を頭の片隅に置いておくといいかもしれない。
まとめ:人間が作った「時間のものさし」
紀元前も西暦も、結局は人間が後から決めた「共通言語」に過ぎない。 しかし、その共通ルールのおかげで、私たちは数千年前の出来事と現在の出来事を同じ一本の線の上で語ることができる。
「紀元前」という響きには、果てしない過去へのロマンがあるが、その区切り線自体もまた、歴史の中で作られた発明品なのだ。
