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日本で広まる「Vibe Coding」への違和感と、その正体

最近、SNSやテック界隈で「Vibe Coding(バイブ・コーディング)」という言葉をよく耳にするようになりました。 「AIに指示するだけでアプリができた! これがVibe Codingか!」 そんな興奮した投稿を見るたびに、私は少しだけ「もやっ」としていました。

もちろん、AIを使って誰でもプログラミングができるようになるのは素晴らしいことです。 でも、何か根本的な部分で、言葉の意味がズレて伝わっている気がするのです。

今日は、この「日本独特のVibe Coding解釈」への違和感と、本来の意味(だと僕が思うもの)について深掘りしてみます。

「Vibe Coding」の起源と、日本での変換

元々この言葉を広めたのは、元OpenAIのAndre Karpathy(アンドレ・カパシー)氏です。 彼が言いたかったニュアンスは、おそらくこういうことでした。

  • コードの細部(インデントとか構文とか)なんて気にしなくていい。
  • AIという最強の補完機能を使って、頭の中にあるイメージを爆速で具現化する。
  • その「フロー状態(没入感)」こそがVibeである。

つまり、主役はあくまで作る人のビジョンと勢いなんです。

一方で、日本での使われ方を眺めていると、少し違います。

「プログラミング知識ゼロでも作れた!」 「AIに適当に頼んだら、いい感じにしてくれた!」

これ、主役がAIの生成能力になっていませんか?

なぜ「丸投げ」がVibeと呼ばれるのか

日本で「Vibe Coding = AIにお任せ開発」と捉えられがちな背景には、私たち日本人が抱えてきた「プログラミング=苦行」という強烈な固定観念がある気がします。

  • 環境構築でエラーが出る。
  • セミコロン一つ忘れて動かない。
  • 英語のドキュメントと格闘する。

この「苦しみ」から解放され、魔法のように動く画面が出てきた。 その「解放感」と「感動」を、私たちは「Vibe」と呼んでしまっているのではないでしょうか。

でも、本来のVibe Codingは、もっとパンクで野性的な開発スタイルのことだと思うんです。

「AIに作ってもらう」のではなく、「AIを使って俺の衝動を叩きつける」。

受動的ではなく、極めて能動的な行為です。

「AI活用」と「Vibe Coding」は違う

誤解しないでほしいのは、AIにコードを書かせること自体は素晴らしい技術です。 業務効率化のためにAIにスクリプトを書かせる。これは立派なAI活用です。

しかし、それを「Vibe Coding」と呼ぶのは、少し違和感があります。

  • 単なるAI活用: 「面倒な作業をAIに代行させる」(目的:楽をする)
  • Vibe Coding: 「思考と実装のタイムラグをゼロにする」(目的:創造する)

僕が感じる「もやもや」の正体は、この手段と情熱の混同にあったのかもしれません。

最後に:言葉の定義はどうでもいいけれど

言葉の意味なんて、時代とともに変わるものです。

日本で「Vibe Coding = 誰でも簡単プログラミング」として定着するなら、それはそれで一つの文化でしょう。

ただ、エンジニアとして、あるいはモノづくりを愛する人間として、本質だけは見失いたくないものです。

AIは「魔法の杖」ではありません。

それは、あなたの内側にある「これを作りたい!」という熱量(Vibe)を増幅させるためのアンプです。

AIに「何かいい感じのもの作って」と頼むのではなく、 「俺の頭の中にある最高にクールなやつを、今すぐ画面に出せ!」と命令する。

そんな野性的なエンジニアリングこそが、僕たちが目指すべき真のVibe Codingなのかもしれません。