自動運転技術は、ある意味ですでに「完成」していると言える。車をアクセルで加速させ、ハンドルを切って曲がり、ブレーキで止まる。この物理的な制御自体は技術的に成熟しており、何ら難しいことはない。
もっとも難しいのは、路上における「不測の事態」への対応だ。 夜道に溶け込む黒い服の歩行者や、雪景色と同化する白いジャケット。人間でさえ視認・判断が困難な状況下で、AIはいかにして「正解」を導き出すのか。そして万が一事故が起きた際、その責任の所在を誰に問うのか。技術的な課題以上に、倫理的・法的な未整備が実用化の壁となっている。
そもそも「レール」があれば簡単だ
極論を言えば、道路上が「自動車専用」で、人や動物、障害物が入り込む余地が一切ないのなら、完全自動運転はすでに実現可能だ。 最たる例が「ゆりかもめ」などの新交通システムだ。専用の走行レーンがあり、ダイヤグラムに基づいてプログラム通りに動く。外部からの侵入者が(鳥を除けば)存在しない閉鎖空間であれば、制御はシンプルで済む。
現在の高速道路における追従機能(ACC)が当たり前になったように、前の車についていくだけなら、それは「見えないレール」の上を走っているに等しい。 問題は、レールが存在しない一般道、そして車線さえ曖昧な過酷な環境をどう走るかにある。
「目」で走るか、「地図」で走るか
現在、主流となっているアプローチは大きく分けて2つある。
1. AIによる画像認識(目を持つアプローチ)
日本の道路のように白線が整備されていれば、カメラで車線を認識し、車幅に合わせて走行できる。 このメリットは、AIが「目」を持つことで、事前の地図情報が乏しい場所でも、道路の形状をリアルタイムに判断して走行できる汎用性にある。 ただし、豪雨や逆光、汚れなど、カメラ性能と環境要因に左右される脆さも同居する。
2. GPSと衛星通信(見えないレールを作るアプローチ)
もうひとつは、GPSと高精度地図に頼る方法だ。 世界を見渡せば、舗装されていない道路や、車線の概念がない地域も多い。そうした場所では、物理的な白線ではなく、GPS座標という「デジタルな座標」を頼りに走るほうが合理的。
かつては5G通信によるコネクテッドカー構想がこれに近い未来を描いていた。 しかし、地上の基地局に依存する5GやWi-Fiは、災害時の脆弱性や、カバーエリアの問題、さらには同時接続数による遅延(レイテンシ)のリスクを抱えている。 市街地の補助的な位置情報の補正には使えても、命を預ける基幹システムにするには心許ない。
Starlinkが描く「地球規模のレール」
ここで、イーロン・マスク率いるStarlinkの脅威が浮き彫りになる。 Starlinkはすでに地球上のほぼ全域でインターネット接続を提供しており、その強みは「国境のない回線」にある。
もし、すべての車が衛星通信で常時接続され、地球規模でリアルタイムに制御されたらどうなるか。それはもはや、地球上のあらゆる道路に仮想的なレールが敷かれた状態に等しい。
手元のスマートフォンが衛星と直接通信できるようになれば、既存のキャリア網に依存する必要さえなくなる。 GPSと連動した「絶対的な位置情報」と、Starlinkによる「途切れない通信」が組み合わさった時、自動運転は次のステージへ進むだろう。
残る課題は、そのレールの上に不意に現れる人間や動物を、AIカメラがいかに検知し、回避するかという一点に集約される。ここに、次世代の経済圏が眠っている。
NVIDIAの「OS戦略」という勝ち筋
ハードウェア(車体)でもインフラ(通信)でもなく、頭脳を支配しようとしているのがNVIDIAだ。
2026年のCESで彼らが示したのは、自動運転車そのものを作るのではなく、自動運転を実現するための**OS(基盤システム)**を提供するという戦略だ。
これはPCやスマホの歴史を見れば明らかだ。 ハードウェアはコモディティ化し、利益率は下がる。しかし、OSやプラットフォームを握れば、世界中のメーカーからライセンス料やサブスクリプション収入が恒久的に入ってくる。 不労所得の極みとも言えるビジネスモデルだ。
日本企業の活路
残念ながら、ソフトウェア開発の競争において、日本企業は世界の後塵を拝していると言わざるを得ない。 しかし、自動車というハードウェアの信頼性、そして日本国内の複雑な道路事情における膨大な走行データは依然として価値がある。
独自のシステムに固執してガラパゴス化するよりも、NVIDIAのような勝者と手を組み、ハードウェアやデータの提供と引き換えに、最新システムを優先的に利用する権利を得る。 そうした戦略的提携にかじを切れるかが、TOYOTAをはじめとする日本車メーカーの未来を左右するのではないだろうか。
自動運転の覇権争いは、もはや「車を作る技術」の競争ではない。 「地球規模の交通システム」を誰が設計するかという、壮大な陣取り合戦に突入している。